【活動記⑥】高校生時代に決めたビジョンが進路選択の決め手に

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前回の記事はこちら→『【活動記⑤】そもそもなぜ将来は田舎に帰ろうと思ったのか?

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将来は田舎の自宅で家族とともに好きな仕事をして暮らす――。

高校生のときに偶然見たテレビ番組をきっかけにこう思ったぼくは、大学以降、このビジョンに向かって人生を歩んでいくことになります。

ひとつ目の岐路は大学時代。卒業後の進路を考えたときでした。

中高大と陸上競技に打ち込んできたぼくは、高校では三段跳びという種目でインターハイで決勝進出、大学も同様に三段跳びでインカレや日本選手権、国体に出場するなど、それなりに成績を出していました。

さらにいろいろな経緯は省きますが、「三段跳びをもう少し本格的に練習すれば日本のトップ選手あたりまで行けるのではないか」という自信をひそかに抱いていました。三段跳び選手として本格的に練習をしたのは大学3回生からの1年間だけだったからです。

だから大学4回生の時点では、卒業後も社会人選手として陸上を続ける道を探ろうと思った時期もありました。

しかし最終的にその選択はせず、企業に就職する道を選びました。

なぜか。

将来は田舎の自宅で家族とともに好きな仕事をして暮らす――。

というビジョンがあったからです。

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大学卒業後も陸上を続ける道を進んだ場合、現役選手として活躍できるあいだはいいかもしれません。ですが陸上選手としてのピークは20代で、30代になると引退を迎えることになる。

仮に35歳で現役を引退した場合、そこから第2のキャリアをスタートさせなければなりません。あるいは社会人チームを持つ会社に勤めた場合、引退後はその会社の社員として働くことになります。

いずれのパターンも好きな仕事を始めるのは難しくなります。

社会人チームを持つ会社に入る場合は陸上を続けるのが目的なので、その会社の仕事に魅力を感じたわけではないはずです。引退後は一般の社員として好きでもない仕事を続けるなんて面白くないと思ったし、そもそも将来は田舎の自宅で……というビジョンとはかけ離れた人生を送ることになってしまう。

大学時代にそうやって考えた結果、陸上競技は大学で引退し、卒業後は就職して自分の興味のある仕事をしようと決意したのです。

そしてその決意のベースとなったのが、

将来は田舎の自宅で家族とともに好きな仕事をして暮らす――。

という高校生のときに決めたビジョンだったのでした。

次回の記事はこちら→『【活動記⑦】中島らも師匠に影響を受けてライターを志す

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