陸上トレーニングメモ(2016.4.24)

旧ブログ(『走る編集ライタートレーニング日記』)の更新をストップしてからエバーノートで管理していた陸上のトレーニングメモを以降、このブログに記していきます。


 

缶詰状態で原稿執筆中。一週間ぶりに、一瞬だけ缶詰をプシュッとあけて40分ほどトレーニング。

近所の堤防でトレーニング

・10分ジョグ
・50m×2本
・150m×1本

ジョグのあとフロートをして50m。2メートルほどの追い風に乗って。1・2本目とも手動で6秒78。6秒7は切りたかった。3本走る予定だったが腰に違和感が出たのでやめて150mで締め。150mは計測ミス。たぶん、100mのラップは12秒2。150mは18秒台っぽい。ラップを図ろうとしてへんなことになったが、たぶんそのくらいのはず。

***

練習時間をとるのがむずかしいなー。ぼくの場合、仕事の合間を抜け出す感じで練習しているので、物理的に1時間の練習といっても、スパッと割り切れない面もある。短い時間のトレーニングでも追い込むし、心拍数も上がるから血液が体にまわり、脳みそが「ふわー」ってする。だから練習後のアタマは使い物にならないことも多い。

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でもきょうはあえて、練習後にすぐ仕事に取りかかってみた。

練習後にシャワーを浴びているときから頭を仕事モードになるべく切り替え、ストレッチ後にすぐデスクに座ってみる。

結果。

幸い、いま書いている書籍の原稿の章と章の切れ目にトレーニングを組み込んだので、ちょうどいい頭の切り替えになり、これから書く章の原稿の展開がダーッと一瞬ででき上がった。血液は体に回っているけど、ギュッと集中すれば「ふわー」っとなった頭でも働くことがわかった。

トレーニング前は、1時間ほどうんうんと唸っていた原稿の展開が、練習をはさんだことで整理され、するすると1本の糸になった感じ。

走ることで頭を整理し、仕事に活かす。

そんな副次的な効果を実感できた点で、きょうのトレーニングは収穫だった。

アイデアが浮かぶ「馬上・枕上・厠上」の話を以前ブログ(『アイデアが閃く三つの場所。ぼくの場合は……』)に書いたけど、ぼくはそこに「陸上」を加えたい。

「馬上・枕上・厠上・陸上」――すなわち「四上(よんじょう)」

以上

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明窓浄机は人それぞれ?

いま書籍の原稿を書いていて、デスク上に資料が散乱してきました。

ふと思い出したのが昔、自分のブログに書いた記事。2010年の記事だけど、いまも昔も同じだなあ。

 

(昔の記事)

仕事が乗ってくるほどデスクの上が資料でめちゃくちゃになる。

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2010年当時のデスク

他人が見ると整理ができないダメ人間に思われるかもしれない。でも、散乱した資料には自分なりの秩序があり、必要なものはおおむねすぐ探し出すことができるから不思議だ。

雑踏に身を置くことで逆に集中できることがあるように、カオスの中にこそ自分なりの規則を発見できるのかもしれない。仕事ができる人の机を見ると、上に何も置かれてなかったりすることがある。でも、清らかな机の上では仕事ができない人だっている。僕のように。明窓浄机は人それぞれなのだ。

仕事の合間のひとり言。

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陸上トレーニングメモ(2016.4.16)

旧ブログ(『走る編集ライタートレーニング日記』)の更新をストップしてからエバーノートで管理していた陸上のトレーニングメモを以降、このブログに記していきます。


 

ほんとうは明日、練習仲間のレイチェル(日本人です)と合同練習の予定だったけど、当分自宅で缶詰になって原稿執筆なので延期。

きょうは一瞬だけ缶詰をあけ、体操やシャワー、このブログを書く時間も含めて1時間練習。

近所の堤防でトレーニング

・10分ジョグ
・50m×2本
・100m×1本
・150m×1本

ジョグのあとフロートをして50m。5メートル以上の強烈な追い風を利用して。1本目6秒8。最初の数歩は腰をかばって抑えているけど、その後はほぼ全力。いまの限界。この1本で体力尽きて、2本目は7秒1。足がもつれそうになった。
100mは少し力を抜いて13秒7。腰の違和感が強まったため1本のみにして、少し休んで150m。ほぼ全力で18秒4。練習再開して3回目、腰も治ってない状態なので上出来だと思う。

たかが1時間、されど1時間。

1時間でも有意義に使えばこれだけの練習ができる。ただ、仕事の合間だと、練習を組み込むタイミングが難しい。きょうは、書籍の原稿のひとつの章が終わり、次の章に移るタイミングだったので頭の切り替え的にも役立ったはず。

被災地はいまも余震が頻発して大変ななか、ぼくにできることは、最低限すべきことは、いま目の前のことを一生懸命にやることかなと、仕事も陸上の練習も、がんばることにしています。

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ゴーストライターの役割

著者から話を伺って、聞き書きのスタイルで一冊の書籍を書き上げる仕事をしています。

こういうタイプのライターを世間一般では「ゴーストライター」、このブログでは「書籍ライター」「ブックライター」と呼んでいます。

ゴーストライターをずっとやっていると、聞き書きスタイルで書かれた本をなんとなく見わけられるようになってきました。

ゴーストライターがまとめた書籍の原稿はたしかに読みやすいです。でも反面、内容が薄いことがある。

極端にいうと、たった一文で済む内容を2000文字にまでふくらませているような。

本題に入るまでの導入や例え話がやたら長く、ようやく本題に入ったかと思うと、早くも締めに向かい、「あ、この一文を言いたいための展開だったのね」と納得するという。

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ぜんぶがそうではありません。

優秀なゴーストライターが書いた本は著者ご本人がまとめるよりも文章的に読みやすいのはもちろん、内容自体も幾度のインタビューを通してアウフヘーベンしているため、濃密で、論旨も通っている。

インタビューの目的は、著者がすでに自覚している考えを引き出す側面と、著者に気づきを得ていただく側面のふたつがあるように思います。

とくに後者が重要で、取材のやりとりを重ねるうちに著者の頭の中で化学反応が起きて、これまで漠然としていた思いを整理してもらったり、新たな考えやアイデアを思いついてもらったりすると、インタビュアーとしては「よっしゃ」と心でガッツポーズすることになります。

そんな有意義な取材を経て書かれた原稿は内容的にも濃くなるように思います。

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著者自身の手によって書かれた原稿は多少難解な面もあるかもしれないけれど、その一文、その一文字のすべてに背景があります。

これまでの経験が文章に凝縮して乗っかっているから、その一文、その一文字に、すべて物語がある。だから深い。読みにくくても、そういう本に出合うとうれしいです。

一文を2000文字にふくらませるような書き方ではなく、著者自身がこういうことを言いたかったと膝を打つような原稿をもっともっと書けるように、少しずつでも成長していきたいと思います。

書籍の実績はこちら⇒(ゴーストライター 実績

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てんとう虫は神様です

てんとう虫は神様だと思っています。

4歳の娘が保育園のもも組(3歳児クラス)を終了し、進級式が行われた日の夕方。

自宅のリビングで食事中に娘が「てんとう虫!」というので見てみると、テーブルの上にちょこんと乗っていました。

「てんとう虫が進級おめでとうって言いに来てくれたんやわー」

そうやって妻が娘に言っていました。

翌日、妻と娘の手で庭に逃がしてあげていました。

ところが数日後、また同じ模様のてんとう虫がリビングの網戸の内側に張りついています。

ブラックボディに赤い斑点が2つという、ちょっと変わったデザインのてんとう虫だったので嫁さんが覚えていました。「この子、この前の子といっしょちゃう?」と。

なんでまたやって来てくれたのかはわかりませんが、まだ娘におめでとうを言い足りなかったのかもしれません。

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てんとう虫は神様だと思うようになったきっかけ。

それは父の退職祝いの旅行先でのちょっとしたエピソードです。

50年勤め上げた会社を退職した父のお祝いをかねて、両親と嫁さん、ぼくの4人(まだ娘は生まれていなかった)で四国に旅行に行きました。

その日の夕食のとき。

各自の前に置かれている鍋に火をかけてぐつぐつ煮たってきたとき、父親の鍋からてんとう虫が出てきたんです! 熱くて逃げてきたんでしょう(笑)

そのとき、中学校を卒業した翌日から半世紀にわたり、同じ会社で働き尽くした父に「おつかれさん」と言いに来たんだと、内心思ったわけです。

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てんとう虫に限らず、神様はときどき、虫などの生き物に姿を変えて様子を見にこられるらしいです。信じるか信じないかは、あなた次第(笑)。宗教うんぬんではなく、ぼくはけっこう信じています。

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取材中に地震警報音。そのとき社長さんは……

ブワッ、ブワッ、ブワッ、ブワッ――

地震の警報音がけたたましく鳴り響いてその場が凍りつく。

次第にビルが左右にゆったりと揺れ始め、徐々に揺れ幅が大きくなっていく。

ぼくも含めた取材班は関西在住で地震警報音に慣れていない。場がざわめくなか、インタビュイーの社長さんは何事もないようにすっと席を立ち、災害用ヘルメットを手に取って「これをかぶってください」と女性取材班の前にそっと置いた。

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4月1日午前11時40分ごろ、三重県南東沖でマグニチュード6.1の地震がありました。取材場所の大阪市は震度2でしたが、オフィスビルの20階にいたので横揺れがけっこう大きくて動揺しました。

そのなかでも社長さんの対応はとても冷静で、話を聞くと阪神淡路大震災を経験され、東日本大震災時には東京オフィスで被災されたとのこと。

東日本大震災当日は、阪神淡路大震災時の経験を活かして地震直後にスタッフをコンビニに走らせて必要物資を購入し、その日は帰宅を希望する従業員以外の全員でオフィスに泊まったそうです。

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その会社では、社長さん自身の経験を活かしてBCP(業務継続計画)に積極的に取り組まれています。オフィスのすべてのデスクに従業員の人数分のヘルメットがかけられているほか、水や食料も備蓄されていました。

ただし、かたちだけの災害対策は「そのとき」に指示系統が混乱し、十分に機能しないかもしれません。

企業トップの冷静さが災害対策に不可欠なのではと、取材時の社長さんの対応を見て思ったのでした。

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陸上トレーニングメモ(2016.4.9)

旧ブログ(『走る編集ライタートレーニング日記』)の更新をストップしてからエバーノートで管理していた陸上のトレーニングメモを以降、このブログに記していきます。


 

近所の堤防でトレーニング

・15分ジョギング
・アスリートから見ればダッシュなんて言えない程度の坂道ダッシュ50m×5本
・50m×1本
・100m×2本
・150m×1本

前回、腰痛を抱えながら半ば無理やり走っても、後日、大きな痛みが出なかったので本格的にトレーニングを再開。とはいえ様子を見ながら慎重に。

軽くジョギングしたのち軽く坂道ダッシュ。

そののち、4月末の奈良県ダッシュ王選手権を見据えて50mダッシュをやってみる。前傾姿勢になると腰が痛いので、最初の数歩の駆け上がりができない。だいぶ抑えて走って7秒50。ガーン。軽く走っても7秒前半くらいではいけると思っていたのでショック。でも練習ほとんどしていないので仕方ないねえ。

50mで腰に違和感が出たので距離を伸ばして100mに。50mもそうだけど歩数で距離をはかっているので少し誤差あり(50m、100mとも若干長めに走ってるはず)。

100mは体力不足でダッシュというより、300m走のようにふうふういいながら。タイムは1本目15秒0、2本目14秒7。笑。小学校低学年の速い子にも負けますなー。

最後は150mで締め。20秒は切ろうと意気込んで走り19秒1。いまの段階では上出来です。次回の自分に期待。

***

走って治す、という選択肢。

体を故障するといろいろな治療法があるけれど、ときに、あえて走ることで治りが早くなることを経験上知っている。今回はそれを試していまのところうまくいっている。下手すると症状を悪化させるけど、うまく走れば、走ること自体が治療になる。

以上

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インタビューした人の名刺を前に置いて原稿を書く理由

インタビュー原稿を書く際に必ずやっていることがあります。

それは、インタビューした人の名刺を目線の先に置くこと。

目に入る場所に名刺を置いてその人の存在を感じながらだと、それはそれはいい原稿が書ける、かどうかは分かりませんが、いつの頃からかジンクスのようになってしまいました。

名刺があると単純に便利、という理由もあったりします。たとえば肩書や住所を確認したいとき、サッと名刺を手に取り、パッと確認し、キュッと原稿に反映できます。執筆の手を止めて調べるという煩わしいひと手間が省略されて気分も良いです。

でもまあ、なんというか、名刺を前にして書くと気が引き締まるというか、手を抜けないというか、心を込めて書く安心感を得られるというか、誠意を尽くして仕事ができるような気がしているのも事実。

たぶん、自分が弱いんでしょう。そうでもしないと「よし書くぞ」と自分を鼓舞できないというか。強い人はそんなことをしなくてもしっかりと原稿に向き合えるんでしょうね。

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たいせつなことに気づかない習慣のこわさ

先日、ある場所に出張で訪れました。

現地の空港で入ったレストランで感じた率直な感想。

店員さんがみんな無愛想、というか魚の死んだような目をしている。

不愉快ではなく、残念な気持ち。

たぶん家に帰って家族と過ごす時間、恋人と過ごす時間はふつうのはず。でもレストランで働いているときは目から生気が失われている。

習慣ってこわいなーっと思いました。

その人たちも、プライベートで食事に行って店員さんがみんな無愛想だったら違和感を持つはず。でも自分がそうなっているのは気づかない。

***

こういう場面に遭遇すると、いつも自分に置き換えて考えてしまいます。自分は気づかないだけで、人を不愉快にさせていないかなって。

田舎に帰省したとき、「なんでこんなにやる気ない?」「家庭の夫婦喧嘩を持ち込んでいる?」と思わずにはいられないような店員さんがどうも多いように、残念ながら感じてしまいました。

田舎という人の目に触れにくい場所に住んでいることで、知らず知らず、自分もそうなってしまうのがこわいので、人の振り見て我が振り……というのは以前より意識するようになりました。

***

魚の目をしている店員さんもいい人のはず。

ぼくが面白い人間なら、帰り際にジョークでも飛ばして笑わせることができるのかもしれません。それができないぼくにできることは、出されたご飯をちゃんと完食することだとなぜか思い、その空港のレストランでちゃんぽんの汁までぜんぶ飲んだのでした。ちゃんちゃん。

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「はかなさ」の奥にあるもの

「桜ってなんできれいなんやろ」

嫁さんとそんな話になりました。

「そら、はかないからやろ」

「なんではかない?」

「そら、すぐ散ってまうからやろ」

「でもすぐ散る花ってほかにもあるよね」

「せやなあ……」

ここでふたり、立ち止まりました。

立ち止まり、考え、

「桜にはたくさんの思い出が付着しているからとちがうやろか」

というような漠然とした結論に至りました。

4月は出会いと別れ、期待と不安、入り混じった季節……なんてありきたりなことはいいません。

みなそれぞれ桜に思い出がある。

いや、桜を見るとなんとなく立ち上がってくる感情がある。

その思い出、感情にもう少しひたりたいのに、願いむなしくすぐ散っていくのが、なんとなく寂しいのかも、と思ったりして。

思い出がはかなさを生み出しているのなら、年齢を重ねるほどに桜は美しくなっていく。

年をとるのもいいもんだ。

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