ライターのぼくが時間を大切にするようになった失敗談(2)

② 時間の管理を他人に委ねる甘さを痛感

ライターのぼくが時間を大切にするようになった失敗談(1)」で取り上げた失敗談では、遅れて迷惑をかけた相手はコピーライターの上司だけではもちろんありません。

クライアントの方々や監査を担当する人、その日の打ち合わせ先であるクライアントの事務所の担当者の方々も同様です。

さらにいえば、当時、ぼくが勤めていた広告制作プロダクションの信用にも傷がつくし、会社の最終責任者=社長という意味で考えると、プロダクションの社長にも迷惑をかけたことになる。

駆け出しのコピーライターの不注意で招いた遅刻が、多方面で信用を落とす結果につながってしまうわけです。

「そこまで考えるのは大げさでは?」

そう捉える人もいるかもしれませんが、そこまで考えていなければ後ろ盾がないフリーランスとして生きていくのは難しいと考えています。

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2016年2月現在、フリーライターになって8年目です。この8年間で待ち合わせに遅れた経験は、恥ずかしながら2回あります。

1回目は、フリーに転身した年。

当時、ぼくは腕時計を使っておらず、携帯電話で時間を確認していました。

その日、午後からの取材のため、デザイナーさんと喫茶店で昼食をとっていました。ぼくは携帯をかばんに入れていましたが、デザイナーさんが時間を確認していたので、

(店を出る時間もデザイナーさんに任せよう)

とごく自然に思いました。

食後のコーヒーを飲み終えたころ、

「高橋君、そろそろ行こか」

ということで現地に向かいました。

結果――。

待ち合わせ時間に10分ほど遅刻してしまったのです。

デザイナーさんはとくに悪びれる様子もなく、「すいませんねー」という感じ。

ぼくは待たせた方に対して心底申し訳なく思ったし、時間の管理を他人に委ねた自分の判断の甘さに気づいて反省しました。

後日、腕時計を購入したのは言うまでもありません。

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そのデザイナーさんの姿を見て、自身の行いを見つめ直しました。

遅れてしまったのは致し方ないにしても、相手に対する誠意に欠けていたからです。

(この人は相手の時間を奪う意味を理解していないのだな)と。

そのデザイナーさんは人生の大先輩のような年齢の方です。

その後もお付き合いをさせていただいているなか、時間に限らずルーズな面が散見されました。

どういう人が信用を得て、どういう人が失うのか。

考えるきっかけを与えてもらったように思います。

次回の記事はこちら→『ライターのぼくが時間を大切にするようになった失敗談(3)

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ライターのぼくが時間を大切にするようになった失敗談(1)

① 遅れることで迷惑をかける人を理解できていなかった

社会人としていちばん大事にしている心構えは何ですか?

そう聞かれると、

「時間に遅れないこと」

と迷いなく答えます。

待ち合わせの時間に遅れないのはもちろん、できる限り、自分が先に現地に着くよう心がけています。

具体的には、15分前には待ち合わせ場所に居るようにしています。(さらに現地には1時間ほど早くつき、近くのカフェなどで資料を読み込むなどしています)

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これまで時間にルーズな人を何人も見てきました。

そうした人に共通するのは、時間に限らず、あらゆる面でルーズだということ。

一事が万事。

時間に対する姿勢が、すべての局面に表れる、そんな気がしてなりません。

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時間にこだわるようになった原体験が2つあります。いずれも強烈な失敗談です。

1つ目は、10年以上も前の話。

広告制作プロダクションに入社し、コピーライターになって2年目のころ。

案件の打ち合わせのため、コピーライターの上司と大阪のJR環状線「西九条駅」で待ち合わせをしていました。

十分に間に合うよう家を出ましたが、何を思ったのか環状線を反対方向に乗ってしまい、待ち合わせ時間に5分ほど遅刻してしまったのです。

じつはこの日、クライアントの方々、その案件を監査する立場の方も一緒に待ち合わせをしていました。

・クライアントの方々
・監査をする人
・コピーライターの上司
・駆け出しコピーライターの高橋

この4つの立場の人が駅で落ち合い、クライアントの事業所に向かう予定だったのです。

遅れて到着したぼくは、上司の姿を見た瞬間に状況を理解しました。後輩が遅刻しているという局面のなか、上司はクライアントとの間を必死に持たせてくれていたのです。

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自分が遅れることで最も迷惑をかけるのは誰なのか。

ぼくは正しく理解できていませんでした。

上司はクライアントを前にして、どれほど辛い思いをされたことか。

そう思うと、時間に対して甘い認識を持っていた自身を痛罵しました。

同時に、異なる立場の人が集まる待ち合わせでは、自分が遅れると誰に迷惑を与えるのか、常に考えるようになりました。

以降、待ち合わせにはギリギリ間に合う時間ではなく、最低でも15分前、しかも理想は自分がいちばん早く現地に着くこと、このように自身に課すことに決めたのです。

いまでも西九条駅に降り立つと、当時の苦い経験が頭をよぎります。

次回の記事はこちら→『ライターのぼくが時間を大切にするようになった失敗談(2)

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(活動記④)田舎暮らしはバイオリズムが整う?

前回の記事はこちら→『【活動記③】兵庫県の市町村で2番目に住みやすい町

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2014年2月に兵庫県加東市にUターンしました。

当時、仕事が立て込んでいて、さらに寒い時期に引っ越しをしたというタイミングも重なって、環境変化でカラダを壊してしまいました。

ですが気温が高くなるにつれて症状はゆっくりと回復。加東市に移住して2年経ったいま、もはや田舎暮らし以外は考えられない! といえるほどこっちの生活に愛着を感じてきました。

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では田舎暮らしが具体的にどういいのか。

前提として、加東市はぼくが生まれ育ち、高校生まで過ごした場所だということ。だからなんというか、細胞レベルで落ち着く感じがあります。

幸い、妻の実家も田舎で都市近郊から離れて暮らす考えを受け入れてくれました。いまの田舎暮らしがあるのは、妻の理解があるからこそです。感謝しています。

高校を卒業した18歳で加東市を離れ、約20年後の37歳のときに戻ってきて、改めて田舎暮らしがいいなと思った点を挙げてみます。

・空気がきれい
・夏の夜は虫の音が美しい(精神的に落ち着く)
・野菜が安くみずみずしく元気で美味しい
・近所の人から野菜をもらえる
・自然の中で子どもを育てられる
・公園が多く子どもを遊ばせる場所が意外に充実している
・田舎の土壌で子どもの心の基礎を築いてあげられる
・渋滞が少ない
・お店の混雑が少ない
・ランニングする場所に困らない
・両親の近くに住んでいるので安心
・仕事部屋からの景色がきれい
・美味しいお店はほんとうに美味しい
・田舎と都市部の往復でバイオリズムが整う

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このなか、最後に挙げた「田舎と都市部の往復でバイオリズムが整う」について軽くふれたいと思います。

原稿書きなどの仕事は田舎の自宅で行い、取材は大阪市内を始めとした都市部で行っています。取材に出るのは平均すると週に2、3回ほど。それ以外は基本的に自宅で仕事です。

こうして田舎と都市部を往復していると、生体リズムが整う気がします。都市部に出て刺激をもらい、田舎に帰り癒されるというか。

宇宙に存在するあらゆるもの、森羅万象は陰陽の二元論で成り立つというのが東洋の伝統的な世界観です。

難しいことはわかりませんが、田舎と都市部という対極を行き来するのは、感覚や感性、自律神経といった人間を人間たらしめている深いレベルの均衡が保たれ、陰陽のバランスがとれる気がするのです。

田舎には田舎の良さ、都会には都会の良さがある。

その両方を味わえる現在の生活がなかなか気に入っています。

次回の記事はこちら→『【活動記⑤】そもそもなぜ将来は田舎に帰ろうと思ったのか?

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【活動記③】兵庫県の市町村で2番目に住みやすい町

前回の記事はこちら→『【活動記②】Uターン先は、関西の人でもほとんど知らない片田舎

※2016.6.22速報! 「全都市住みよさランキング(2016年)」(東洋経済新報社)で地元・加東市が兵庫県の市町村で今年も芦屋市に次いで2位にランクイン!

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『北播磨の文化発信事業』
いま、兵庫県加東市を拠点に「スタブロ出版」という出版社の設立を準備しています。スタブロ出版が立ち上がると、兵庫県の北播磨地域唯一の出版社となります。この地域に根を下ろした出版社だからこそできる活動とは何かを考え、北播磨が誇る歴史や伝統文化、地域資源を出版物として編さんし、広く日本全国に発信する「北播磨の文化発信拠点」をめざしています。ご質問などはこちらまで。

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田舎のことを書くと「住みにくそう」と思われるかもしれません。

いやいやそんなことはありませんよ。

じつは、住んでいるぼく自身もびっくりしているデータがあります。

東洋経済新報社が発表している「全都市住みよさランキング(2015年)

この結果を見ると、いまぼくが生活拠点を置いている加東市は、兵庫県の市町村の中で芦屋市に次いで2位にランクインしているんです!(全国では43位、近畿圏内では7位)

住みやすさランキング加東市

「住みよさランキング」の概要は次のとおり。

東洋経済が公的統計をもとに、現状の各市及び東京区部が持つ“都市力”を「安心度」「利便度」「快適度」「富裕度」「住居水準充実度」の5つの観点に分類し、採用15 指標について、それぞれ平均値を50とする偏差値を算出、その単純平均を総合評価としてランキングしたもの。

※2016.6.22追記:ランキングの数字の見方を完全に勘違いして書いていました。5つの観点の数字は「順位」なんですね。点数と間違っていました。以降、正しいランキングの見方をベースに内容を書き換えています。

加東市は、兵庫県内でランキング1位の芦屋市、3位の宝塚市と比べて「利便度」と「富裕度」は低い一方、「快適度」と「安心度」で上回っています。なかでも「快適度」が突出しているのがわかります。

ようするに、「利便性」はそんなに高くないけどめっちゃ「快適」なまち、ということ?

各観点の算出指標は次のとおり。

住みやすさランキング指標

「快適度」は人口の増加や新築住宅着工数がランキングの指標になっているように、「転入してくる人が多い」→「住みたい町」→「住みやすい町」を示しているといえますね。つまり加東市は「住みたい町・住みやすい町」として全国12番目に位置している、というと多少大げさでしょうか。

以前住んでいた尼崎市(ランキング外)と現在の加東市の両者で比較してみても、(生まれ育った町という良さも多分に影響していますが)加東市のほうが交通の便をのぞく総合的な住みやすさは上回っていると感じます。

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「住みよさランキング」の順位を見ていると、都市部よりも地方の町が多くランクインしているのが分かります。

その理由はおそらく、公共交通機関の充実度や交通の便といった「アクセス」が指標に含まれていないからだと推測します。(「利便度」はアクセスのことかと思うけれど小売の充実度なんですね)

アクセス面を考慮すると、都市部が軒並みランキング上位を占めてしまいそうです。

それを避けるために、あえて指標からは省いたのかもしれません。

逆にいうと、都市部に住まう最大のメリットはアクセスの良さであり、その利点を横に置けば、ぼく自身が実感しているように「総合的な住みやすさは地方に軍配が上がる」といえるかもしれません。

「住みよさランキング」から見えてきた自分なりの結論です。

次回の記事はこちら→『(活動記④)田舎暮らしはバイオリズムが整う?

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【活動記②】Uターン先は、関西の人でもほとんど知らない片田舎

前回の記事はこちら→『【活動記①】「高橋君、田舎でライターなんて無理やで」

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フリーライター転身後、Uターンを検討していた兵庫県の片田舎。

それは兵庫県加東市です。

大阪市内からだいたい70キロ離れた町で、神戸の人に「加東市って知ってる?」と聞いても「?」という顔をされることも少なくありません。

「加東市って兵庫県のどのあたりですか?」

こんな質問に答えるのは、たとえ関西の人でもけっこう難しかったりします。

加古川の場所がわかる人には、「加古川から内陸部に20キロくらい上がったところ」という説明で何となく「へー」ということになります。

あるいは中国高速道路のインターの位置関係が漠然とわかる人には、「神戸三田をさらに岡山方面に進んだ滝野社インターのあたり」と伝えると、「ゴルフ場がたくさんあるところやね!」と急に声が弾んだりします。

こうした説明が通用するのはもちろん関西の人限定です。

住んでいる場所を出張先で質問されるともはや説明するのはほぼ不可能なので、「兵庫県から来ました」という漠然としたあいさつでその場をやり過ごしています。

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こういうことを書くと田舎を気に入っていないように思われるかもしれませんが、そんなことはありません。田舎愛についてはこのカテゴリでたっぷりと語っていきましょう。

ではここで何が言いたいのかといえば、Uターン先の加東市は関西の人でもほとんど知らない田舎だということ。

とくに電車(JR加古川線)が不便なんです。

最寄駅は単線で、本数は1時間に1本。しかも電車に乗っても、加古川駅を経由して神戸や大阪に出る必要があります。

単純に時間がかかるうえ、1本乗り過ごすと1時間待ち。だから仕事で使うのは現実的ではありません。

そういう環境にありながら、現在は加東市に移り住んで書籍ライターの仕事を継続しています。加東市にUターンしてからのほうが手がける書籍の数も増えました。

心配していた交通面も不都合はまったくなし。

むしろ尼崎に住んでいたときよりも移動に時間がかかる分、効率的に仕事をする意識が働いて業務効率も上がりました。

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現在の主な活動エリアは大阪市内。フリーに転身した当時と変わりありません。

では片田舎に住みながらどうやってライターの仕事を続けているのか。

その工夫はのちに説明していきますが、キーワードは「車×電車をフル活用して最短距離を進め」です。

この方法で移動の負担が軽減し、夏は涼しく、冬は暖かく、取材先と自宅を快適に往復できるようになりました。

次回の記事はこちら→『【活動記③】兵庫県の市町村で2番目に住みやすい町

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【活動記①】「高橋君、田舎でライターなんて無理やで」

大阪市内を主な活動拠点にフリーライターとして独立し、2年ほど経ったある日のこと。

大阪の編プロの編集者さんに、胸に秘めていた人生プランを打ち明けました。

「近い将来、田舎に帰ってライターを続けようと決めているんです」

ぼくの言葉を聞いた編集者さんは、具体的な移住先も確認せず、間髪入れずにこう言い放ちました。

「高橋君、そら無理やで」

仕事関係者の中で移住計画を伝えたのは、その人が初めてだったと思います。なぜそうした話になったのかは覚えていませんが、見事に一刀両断されてしまいました。

でもぼくはそれであきらめるどころか、

(こんな時代遅れの人には今後、田舎暮らしの話はしないでおこう)

と開き直るとともに、自分のライフプランを実現させることに対して俄然、やる気が芽生えたのでした。

都市部の若い方の地方移住がいまほど話題になるより少し前、2010年頃の話です。

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当時、ぼくは兵庫県尼崎市に住んでいました。

尼崎市は兵庫県ですが、電話番号の市外局番は大阪市と同じ「06」。

「尼崎は大阪市の一部」

そう誤解している人はいないでしょうが、尼崎市と大阪市は距離的に近いことはたしかです。

前述の編集者さんが籍を置く編プロは主にタウン誌を手がけていて、ぼくが依頼を受けていたのは大阪市内で1日に何件も取材するような仕事でした。

「大阪市内を走り回らないといけないのに、田舎に引っこんで仕事ができるわけがないやろ」

暗にそう諭していたのでしょう。

たしかにそのとおりですが、都市部に拠点を置かないとライターの仕事は成り立たない、そんな前提をもとにした断定が先に来るところに、「時代遅れ」という印象を持ってしまったのでした。

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ぼくは20代半ばからアジアをバックパッカーで旅していたような人間で、出版の仕事を始めてからもアジア各地に出張したり取材したりする機会がありました。

タイやベトナムなんて飛行機に数時間乗れば着いてしまいます。いまや日本も海外もネット環境が整っているので、パソコンがあれば仕事の場所を選びません。

だから日本のどこに住むかという小さな枠ではなく、日本も含めたアジア全体でものを見る意識がありました。

そんなぼくにとって、日本の田舎に移り住むことくらい、たいした問題ではなかったのです。

にもかかわらず、田舎=ライターの仕事は無理、と短絡的に結びつけてしまう発想は理解できませんでした。

次回の記事はこちら→『【活動記②】Uターン先は、関西の人でもほとんど知らない片田舎

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書籍ライターに求められる能力は文章力ではない?

書籍の執筆を専門に行うゴーストライターには文章力は求められない――。

ライティングのスキルに関する書籍やブログを読んでいると、そうした意見を目にすることがあります。

いやいや、そんなことは断じてありません。

ライターという職業人は文章を書く専門家です。書籍ライターに限っていえば、著者が表現しきれない思いや経験、ノウハウを読者に届くよう文章にまとめる役割を担っていますから、文章力はいわば生命線なわけです。

その肝心の文章力がなければ書籍ライターは務まりません。

ネタや企画を提案できるライターのほうが重宝、ヒアリング力が不可欠、コミュニケーション力のほうが大事、事実をベースとした実のある原稿が書ければ文章力はさほど問わない……いろいろ意見はあると思いますが、やはり文章力が備わっているのが前提です。

※ライターに求められるコミュニケーション力(『書籍ライターで生きていくには「コミュニケーション力」が絶対必要(1)』)、ヒアリング力については別項目を立てて、自分が大切にしていることをお伝えしていきます。

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ライターの文章が多少下手でも、編集者がうまくまとめてくれる。

そういう声もあります。

編集者のなかには、ライターの原稿をあざやかにブラッシュアップし、構成・文章ともに、ひとクラス上のレベルに引き上げてしまう方もいます。

力のある編集者と組むことでライターが育つという側面もありますし、ぼく自身も編集者の方々の助言によって成長することができてきました。

ただし、書籍ライターに文章力は必要ない、文章が下手でも編集者が直してくれる、そうした甘えを抱いた時点でライター失格だと思うのです。

ライターはその道のプロですから、自らの文章を彫琢する努力を怠ってはならない、そう意識しています。

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書籍ライターに文章力は必要ない、その真意はたぶん、こういうことだと思います。

小説のような美しい日本語を書く必要はなく、著者の伝えたい内容が読者に伝わる実用的な文章になっていれば、その巧拙は必ずしも問われることはない。

したがって書籍ライターに求められる文章力とは、

著者の伝えたい内容を、読者が知りたい情報に昇華させる力
読者が知りたい情報を、読者に届くよう文章としてまとめる力

ということになるでしょうか。

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いくら美しい文章を書いたとしても、読者に伝わらなければ意味がありません。その点で「文章力は必要ない」という意見は頷けます。

しかし、読者に伝わる文章を書こうと思うと、あるいは編集者の手を煩わせないようにしようと思うと、書籍ライターにとって文章力は備わっていて当たり前、それを高める努力をするのがプロとしての矜持、となるはずです。

自戒を込めたライターの独り言です。

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書籍ライターに求められる能力の3要素。

『「コピーライターとフリーライターって何が違うの?」』でふれたように、書籍ライターは「代弁者」という立場が最大のポイントということでした。

どういうことか?

ライターの主観的見解を世に問うのではなく、あくまで著者自身の思いやスキルを代弁する立場ということです。

そのために書籍ライターに求められる要素は次の3つ。

① 引き出す
② 構成する
③ 書き著す

著者の思いやノウハウ、潜在的な考えなどを「引き出し」、その内容が読者に届くよう「構成」し、(著者が伝えたいように)読者に伝わる文章として「書き著す」こと。

「引き出す」ためにはヒアリング力が求められます。ぼくがインタビューで気をつけていることは別項目でお伝えします。

著者から本音を引き出すためには、大前提としてライター自身が著者から信頼されなければなりません。書籍ライターには著者と信頼関係を結ぶ人間力が不可欠です。

「構成する」ためには情報を整理する力が求められます。

個人的には書籍は「構成の美学」だと思っています。タイトルが書籍全体の軸となり、その軸に沿って章を展開する。各章には関連する項目が並ぶ。

書籍全体の構成が論理の飛躍や破綻なく、スムーズに流れてこそ、著者の思いが読者によどみなく伝わる本になる。

美しい本は、凛とした一本の立ち木のようです。

大地に根を張り、天に向かって太い幹を伸ばし、その幹から枝が分かれ、葉が生い茂り実をつける。

そういう立ち木は生命力があり、存在自体が神聖で美しい。構成が隅々にまで行き届いた本もそんな木の佇まい、生命力があります。

相手に伝わる読みやすい文章が書けるかどうかは、正直、この構成力にかかっているといってもいいかもしれません。

「書き著す」力はライターの真骨頂です。構成した材料を美味しく食べられるよう、いかに料理するか。情報の料理人としての腕が求められます。

文章を書くポイントはたくさんありますが、ぼくが大事にしている一つは、著名なブックライター・上阪さんが著書(『職業、ブックライター。』)で打ち出されていた「相場感」。

著者が伝えたい内容を、読者が読みたい内容に転換するためには、「世間の人たちが求めているもの=相場」を理解する感性が必要です。

ぼく自身、ここで説明した「3つの能力+人間力」を高いレベルで満たす領域にはまだまだ至っていませんが、編集者や著者に支えられながら、「一人でも多くの人の役に立つこと、一人でも多くの人に感動や喜び、希望を与えること」を目指して日々努力しています。

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「コピーライターとフリーライターって何が違うの?」

ライターをしているとたまに聞かれます。

「コピーライターとフリーライター、何が違うの?」

一緒といえば一緒なのですが、違うといえば違う。少なくともライター本人の心構えとしては、明らかに「違う」んです。

ものすごい独断で、おそろしく強引に「ライター」の種類を体系化してみました。

 

 

ライターの種類ざっくりいうと、「コピーライター」と「フリーライター系」に分かれ、フリーライターは「受身の仕事」と「署名記事の仕事」に細分化されるという感じです。

マトリクスで4つの領域に分類したほうが整理しやすいかもしれませんが、「代弁者的立場」と「主観的立場」に大別するためにあえてこの図のようにしました。(ジャーナリストやルポライターがこの位置づけなのかなど突っ込みどころ満載ですが…)

いろいろなライターがいる中で、コピーライターは図のように、広告のキャッチコピーを書く人。

本人の心構えとしては、クライアントを背負って立つ意識が強いです。クライアントの商品やサービスを売るための仕事ですから。

コピーライターは広告・広報・IRの文章担当の立場で、クライアントを強力にサポートしているという自負があります。

だから「コピーライター」という肩書をつけた時点で、「あなたの会社や商品・サービスを世に売り込むのが得意ですよ」と宣伝するようなもんです。

そのプレッシャーに耐えられるだけの実力と自信がある人は、「コピーライター」と名乗るのだと思います。

一方のフリーライターは、〝系〟とつけたようにライターの総称みたいなもの。実体はあいまいで、手がける媒体や得意分野が違ってきます。

それぞれの説明は割愛しますが、分類は「受身の仕事」と「署名記事の仕事」の2つ。

受身の仕事は「代弁者的立場」と言い換えも可能で、つまりは発注者がいて、その発注者の要求に忠実に応える、あるいは媒体の分野や特性を踏まえて文章を書く人。立場としてはコピーライターと似ていますね。

署名記事の仕事はそのままなので説明は省きます。

ぼくは「フリーライター系」の中でも「受身の仕事」、さらにその中の「書籍系ライター」です。

書籍ライターのスタンスは、あくまで著者の代弁者として一冊の書籍にまとめること。

この「代弁者」という立場が最大のポイントなんです(『書籍ライターに求められる能力の3要素。 』で続きを書いています)。

ライターの仕事は、実際にはこんなにきれいに体系化できません。得意とする媒体や専門分野を持ちながら、その周辺の仕事も請ける。それがライターです。

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「どうやってライターになったんですか?」

そう聞かれることがよくあります。

「ライターは専門性の高い職業なので、実績がないと仕事を得るのは難しいはず。でもどんなライターも実績のない素人時代があるわけだから、最初の一歩をどう踏み出した?」

そんな疑問も言外に含まれている気がします。

一概にいえませんが、ライターになる道は次の3つが王道の気がします(フリーランスのライター前提)。

①  広告代理店・広告制作プロダクション出身
②  出版社や編集プロダクション出身
③  新聞記者出身

※ウェブライター、ブログライターはここでははぶいています。

このうち、「③」はライターとしての実力は別格な気がします。

そのほか、「専門性の強い職業出身(金融やIT系企業で働いた経験をもとにライターに転身)」「リクルート関連企業出身」なども。

ぼくの場合は「①」。

大学卒業後に入った会社を「ライターになりたい!」と2年弱で退職。アジアを放浪したのち、パチンコ屋でバイトしながら大阪の広告制作プロダクションに履歴書を送り、素人ながら拾ってもらいました。

ここで疑問があるはず。

「素人なのに、どうやって採用された?」

広告関係の会社は即戦力を求めているので、基本、実績がないと採用されません。

ぼくの場合、最初に5社ほどのプロダクションに履歴書を送ったところ、連絡すらもらえませんでした。

そこで考えたんです。

「ライターの実績はないけど、文章は書けると思ってもらえばええんちゃうか」――と。

そこで履歴書を送る際、趣味で書いていたエッセイを同封したんです。

するとある広告制作プロダクションから面接に呼ばれました。

面接時の社長さんの言葉が忘れられません。

「エッセイ読んだで。下手くそやな。でも人情の機敏を感じる文章や。コピーライターは人の心を打つコピーを書く専門家。君やったらいけるんちゃうか」

履歴書に同封したしょーもないエッセイが採用の決め手になったわけでした。

その社長さんの心を動かしたという点で、冗談ではなく、すでにぼくは立派なコピーライターだったわけです。

ライターになりたい人は実績はなくても、その実績に変わるもの――具体的には「自分は書ける」ことを証明する何かをアピールすることです。

ぼくが採用されたのは2002年。ブログもない時代でした。いまはウェブを通じて自分の文章を発表できます。

ライター第一歩は、〝自分という商品を売り込み、相手の心を動かす文章を書くこと〟から始まるわけですね。

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