いまから10年近く前、「その先へ」という言葉がつくキャッチコピーが氾濫した時代がありました。「その先へ」と書けばコピーらしくなるからつけとけ、みたいな。
たとえばこんな感じで。
◎おいしさのその先へ。
おいしさの先にいったい何があるというのだろうか。
◎ナンバーワンの、その先へ。
ナンバーワンの先にいったい何があるというのだろうか。
おいしさ編と少し違うのは、「その先へ」の前に「、」がついて、「ため」ができたくらい。
でも、一瞬ためて読んだところで、その先に待っているであろう楽しい未来の期待やイメージがふくらむわけではないように思う(のはぼくだけ?)
◎白さの、先へ。
これは洗剤のCM。白さの先は何色なのか。いや、言いたいことはわかるんです。真っ白になった服を着てデートを楽しんだり、家族の時間を豊かにしたり。そんなバラ色な感じの、クオリティライフ向上的な感じの充実感のイメージを、「その先へ」というひと言に託してしまうという、そのカッコつけた感じがこそばいんですね。。。
◎さあ、その先へ。
……笑。もうなんでもありですね。このコピーを読んで、「よし、その先へ行こう!」とだれが思うんでしょう。
ほかにも、「限界のその先へ」とか「優勝のその先へ」とか、その先だらけ。最終的には、「その先のその先へ」とか、「その後へ」とか逆張りパターンも登場してくるんじゃないかと期待していたら、このブームはいつしか収束していました。
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「その先へ」が氾濫するきっかけは、たぶん、JR東日本の広告だと個人的にふんでいます。
◎その先の日本へ。
これは、「男は黙ってサッポロビール」を書いた秋山昌さんという超メジャーなコピーライターさんが書かれたコピーです。このJR東日本の広告が出た当時、ぼくはやっぱり頭がわるいのか、「その先の日本って何?」と思ったもんです。
ぼくがいちばん好きなコピーライターの仲畑貴志さんが、〝何か言っていそうで何も言っていないコピー〟のことを、次のひと言を例にひいて揶揄されていたのを思い出します。
◎夢、それはドリーム。
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ぼくのライター人生はコピーライターからスタートし、「コピーの書けないコピーライター」と自虐するくらいコピーが書けませんでした。上記は一例ですが、けっきょく広告のキャッチコピーの嘘っぽい感じというか、枠にはまった感じが好きになれず、出版の世界に身を転じていまに至ります。
とまあ、こんなことを常日頃から考えているぼくは、数年前、大阪梅田のビッグマン(紀伊国屋書店梅田本店の前)から地下鉄御堂筋線に向かう階段を下りていたとき、ある看板広告が目に留まり、あやうく足を踏み外して落ちそうになりました。
◎語学の、その先へ。
なんと、母校の大学のキャッチコピーだった(笑)。
「おい、その先シリーズを継承してもてるやん……」。残念に思ったけれど、このコピーに関しては語学を身につけた先の未来がなんとなくイメージできるのでよしとしよう、と自分を言い含めたのでした。
関連ページ:ぼくが広告のキャッチコピーが嫌いな理由(2)